スポーツ バスケットボール 情熱大陸

川淵三郎さんの経歴や大学、年収などプロフィールをご紹介

更新日:



スポンサードリンク

日本バスケットボール協会は、統括団体の機能を果たしていないという理由で、国際バスケットボール連盟から無期限の加盟資格停止処分を受けていました。

 

当然、国際試合を行うことはできず、また大きな国際大会にも参加できない厳しいものです。

 

そんな日本バスケットボール界の窮地を救ったのが、川淵三郎氏です。川淵氏はわずか6か月足らずで国際バスケットボール連盟から制裁解除をさせました。

 

川淵三郎氏といへば言わずと知れたJリーグ誕生の功労者で初代チェアマンを務めた日本サッカー協会最高顧問です。

 

今回は、その川淵氏について調べてみました。

 

川淵三郎氏の中学、高校、大学と経歴について

 

川淵三郎(かわぶち さぶろう)氏は、1936(昭和11)年12月3日生まれの78歳です。

 

出身は、大阪府泉北郡高石町で、両親は、父親が川淵真一さん、母親が淑子さんの三男です。

 

大阪府高石町立高石小学校、大阪府高石町立高石中学校を卒業されています。中学時代は野球部に所属していたそうです。

 

そして、大阪府立三国丘高等学校で、はじめてサッカー部に入られています。

 

大学は、二浪ののちに早稲田大学第二商学部商学科へ入学され、サッカー部で関東大学リーグ優勝されています。

 

大学卒業後は、古河電気工業入社し、1958年には日本代表に初選出され、1964年東京オリンピックに出場、アルゼンチン戦でゴールを挙げています。

 

現役引退後は、古河電気工業サッカー部監督就任し、日本代表監督も務めています。

 

そして、1991年3月、Jリーグ設立と同時に初代チェアマンに就任し、1993年5月には、Jリーグを開幕しています。

 

2002年7月には、日本サッカー協会会長(キャプテン)に就任。2008年6月まで会長職を務めた後は、多種多様な肩書を持たれています。

 

そして、2015年5月、日本バスケットボール協会会長に就任されました。

 

現在は、家族は妻と2女の4人家族です。

 

まとめ

 

川淵三郎会長によると日本バスケットボールの問題は、1年ほどで解決する予定だそうです。解決したら次に困っている協会へ移ってお役に立ちたいとのこと。

 

この熱意はどこから来るのか・・・9月6日の情熱大陸でそのリーダーシップの秘密が明かされます。

 

78歳という高齢にもかかわらず、30以上の肩書を持っておられ、これからもますますスポーツ界のみならず、日本を元気にしていってほしいものです。

 

 

【スポーツ関連記事】

 

 

-スポーツ, バスケットボール, 情熱大陸

Copyright© なるほど!そうだったの , 2017 All Rights Reserved Powered by AFFINGER4.

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。