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永六輔さんの経歴や家族のこと作詞家としての生き様について

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また一人、昭和の顔が亡くなってしまいました。
永六輔さんの悲報です。

83歳だったそうです。

 

確かにこの年になるといつ、お迎えがきてもおかしくありません。

 

2010年にパーキンソン病で闘病していると公表し、最近ではスクリーンから見かけなくなっていました。
だけど、ラジオの仕事は続けていたんです。

 

でも、病気のため今年6月27日、TBSラジオ「六輔七転八倒九十分」の放送を最後にラジオ番組からも姿を消しました。

 

ちなみに亡くなったのは七月七日、七夕の日です。
なのに、テレビなどて訃報が届いたのは十一日です。

 

葬儀は身内でひっそりと行ったそうです。
で、後日、お別れの会をするんだそうです。

 

永六輔さんの経歴・プロフィールについて

さて、永六輔さんの経歴について見てみましょう。
放送作家でタレント、さらに作詞家となっています。

 

放送作家として彼の手がけたモノは数多くあります。
というか、数えきれないほどです。

 

実際、昭和のテレビ界で彼の存在は大きかったです。

 

さらに作詞家でもいろんなヒット曲を生み出しています。
往年の大スター、坂本九さんの代表作、「上をむいて歩こう」
さらに「こんにちは、赤ちゃん」、「遠くに行きたい」など一度は聞いたことのあるはずです。

 
 

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永六輔さんの結婚・家族について

ちなみに私生活では奥さんと娘、二人の四人家族でした。
といっても、奥さんはすでにお亡くなりになっています。

 

彼の娘は映画関係のエッセイなどを書かれている永千絵さん、元フジテレビアナウンサーだった永麻里さんです。
しかも、孫は「育乃介 」さんという俳優です。
まだ、若いので知名度は低いんですが。

 

お祖父さんが昭和テレビ界を背負っていたんです。
彼もきっと、将来大物になるでしょう。

 

あくまでも予想ですけどね。

 

そもそも、 早大在学中に放送作家、司会者としてデビューした永六輔さんです。
ちなみに、早大は中退したんです。

 

 

永六輔さんの作詞家時代について

その後、ラジオやテレビの台本を書くかたわらで作詞も始めたわけです。
次から次へと名曲を生み出してきました。

 

ただ、彼の作詞法は普段使っている話し言葉だけを使っていました。
だからこそ、曲が心に染み込んでいくんでしょう。

 

そして、言葉を大切にしている人でした。

 

とはいうものの、パーキンソン病の進行によって段々、テレビ界から遠ざかっていきました。

 

最近の様子

最期のラジオ番組からそんなに立たないうちに亡くなられるなんてなんだか、永六輔さんらしいなと思います。
それに最後は穏やかで大往生だったのではないかと思います。

 

あの世できっと奥さんと再会しているのでしょう。
 

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