芸能

永六輔の家系や奥さん、娘、息子の名前について

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2016年7月7日、日本が七夕祭りで湧く日です。日本の芸能界をささえ続けてきた永六輔さんが亡くなりました。

 

83年の人生は、彼が書いた本「大往生」のように充実した日々だったと思います。

 

永六輔さんのルーツは中国僧侶?渥美清さんと知り合いだった!

永さんが生を受けたのは、元浅草のお寺でした。住職の子として生まれました。住職の先祖は中国の僧侶だそうで、お父様は「ヨン」と名乗っていたそうです。

 

そして、永六輔さんは小学校時代に戦争で学童疎開をしています。
戦後は焼け跡からラジオを組み立てて売るなどし、その時のリーダーが寅さんでお馴染みだった渥美清さんというから驚きです!偉人同士の運命ってすごいですね。
そして、NHKのラジオにネタを投稿したりなど芸能界と少しずつ関わっていきながらも、傍らで政治運動をしたりなど、怒濤の人生を歩んでいます。

 

奥さん、娘、息子さんについて

永さんの奥さまは、昌子さんという方です。

永さんより一足早くなくなっています。永さんには娘さんが2人いて、長女の永千絵さんは映画エッセイスト、次女の永麻理さんは元フジテレビアナウンサーで今はフリーアナウンサーです。

 

麻理さんのご長男(永さんの孫)は俳優をしています。育乃介さんという人で、永さんは死の間際まで明るくて笑顔だったと言っています。

 

永六輔さんが作詞したあの名曲を本人はこう言っている。

永さんが作詞した代表作といったら、坂本九さんの「上を向いてあるこう。」ですよね。日本人ならば知らない人はいません。
しかし永さんは生前、当時の事を「あれは自分の歌ではない。」とおっしゃっています。

 

なぜなら、永さんは作詞しただけだからです。永さんが作詞家を辞めたのは、こういった理由からだと語っています。

 

晩年のご様子

病に犯されながらも、東日本大震災の時は被災地に赴いたりなど自らを発信源としていた永さん。

亡くなる半年前に、黒柳徹子さんの番組に出演しています。仕事はなるべく休みたくなかったようですが、やはり無理をしていたからか、メインパーソナリティティーだったラジオを休業していたりでした。
永さんは、自らの著書「大往生」で人は必ず死ぬと言っています。

 

死ぬ時に生きてきて、生まれてきて良かったと思う事を大往生だと言っています。
永さん自身がどう自分を評価しているか分かりませんが、世間はみんな永さんが生まれてきて良かったと思っています。ご冥福をお祈りします。

 

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