今江年晶内野手(楽天)が改名した理由は?ケガで登録抹消!

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楽天今江年晶内野手が改名した理由は?

楽天の今江年晶選手がプロ野球登録名を改名して話題になりましたね。

以前は「敏晃」でした。

出典:https://www.rakuteneagles.jp/

昨年11月の球団との契約更新を前年と同額、推定2億円でサインオフした今江選手。

ここ数年くすぶっているので何かのきっかけになれば、来年はもうひと花咲かせたいとの思いで改名に踏み切ったとのお話が報道されていました。

本日は、ご本人いわく、ここ数年くすぶっているという今江年晶選手について調べてみました。

今江年晶選手のプロフィール

今江年晶選手は1983年8月26日生まれのおとめ座の33歳。

身長180cm、体重89kg。

10歳年上の奥様との間にお子さんがおられます。

今江選手は、右投げ右打ちの三塁手。

少年野球時代から名の知れ渡った選手で高校野球の名門PL学園に進学。

1年生の時から4番打者となる天才的なプレーヤーでした。

今江年晶選手の経歴、ケガに悩まされる

今江年晶選手は、2001年ドラフトで千葉ロッテマリーンズの指名を受け、球界入りは2002年でした。

2005年からは3塁手のレギュラーを獲得、8月のシーズン中の打率がリーグ1位。

ロッテをパ・リーグ優勝に導く活躍をみせます。

日本リーグでも第一戦、第二戦で8打席連続安打、シリーズ打率.667をたたき出しました。

同年日本MVP賞、三塁手部門のベストナインと初のゴールデンクラブ賞を獲得しています。

2006年には第一回WBCの日本代表となり、金メダルを獲得しました。

2006年のシーズンは、残念ながら打率不調だったがゴールデングラブ賞を受賞。

続く2007年にはケガに悩まされますが3年連続でゴールデングラブ賞を獲得。

2008年は打率好調だったが、不運のケガに悩まされ、一軍復帰叶わぬままシーズンが終了。

4年連続のゴールデングラブ賞受賞。

2009年は打率不調、ゴールデングラブ賞も逃しています。

2010年はリーグ3位の打率.331、本塁打を除き自己最高シーズンを送り、チームもクライマックスシリーズに進出しています。

日本シリーズでは打率.444を記録、2度目の日本シリーズMVPに輝きました。

2012年にはチーム主将としてチームを牽引、一軍公式戦通算136試合に出場。

6本塁打、打率.253、47打点を記録しました。

2013年には主将を退き、5月からは4番打者に定着、好記録を残しながらクライマックスシリーズ出場を果たします。

この年海外FA権を獲得していますが、チームに残留。

2014年にはふくらはぎ故障や腰痛に悩まされ、思うような活躍ができませんでした。

2015年は4番打者としてスタートしますが、いくつかのデッドボールを受け、またしても無念の故障。

この年でロッテとの契約を満了しました。

2015年1月からは球界を代表して「Athlete Dresser Award2015」を受賞。

2016年にはパ・リーグの東北楽天ゴールデンイーグルスが入江選手との契約を獲得しました。

しかし、ふくらはぎの傷の再発、デッドボールでのケガ、打撃不振にまたもや悩まされ、一軍からの戦線離脱が相次ぎ、好成績を残すもののいまいち振るわない結果にとどまっています。

2006年頃から社会貢献活動も熱心に行っており、「群馬アトム」という障害者野球チームとの交流を行ったり、2011年の東日本大震災に端をほっした「今江スマイルプロジェクト」で数々の社会貢献活動を継続実施されており、2015年には第17回ゴールデンスピリット賞を受賞しています。

今江選手まとめ

ここ数年のプロ野球選手としての成績不振が改名のきっかけとなったんですね。

確かに不運といえるケガに悩まされ続けていますね。

今年2017年には、ぜひとも不死鳥の復活を遂げていただきたいですね。

がんばれ!今江選手!

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